【椎谷陣屋跡】
~陣屋って何?~
陣屋とは簡単に説明すると藩の役所のことを言います。県庁や市役所のようなものですね。昔のお役所ってどんなんだったんでしょうか?柏崎市には柏崎陣屋跡、春日陣屋跡などがありますが、今回は椎谷の陣屋跡をご紹介します。
椎谷の国道352号線沿いに看板があります。昔はここに椎谷藩という藩がありました。椎谷藩は廃藩置県まで存続した藩で、今の跡地に陣屋が出来たのは1715年椎名藩五代、堀直央(ほりなおなか。ちなみに初代藩主は堀直政の四男、堀直之)という藩主の時でした。
海岸の駐車場に車を止めて歩いていくと、入口跡という看板が見えてきました。ここをお侍さん達が通っていたと思うと、ちょっとワクワクです。
階段を登ると表門跡、砲術稽古場跡、馬場跡と歴史を感じさせるワードが続きます。砲術というと火縄銃ですかね。ここにいた馬はどんな馬だったんでしょうか?高級車があるように、ここには高級「馬」が止められていたりしたんでしょうか?想像が膨らみます。
さらに進むと広場に出でました。神社があり、残念ながら当時の建物は残っていませんが、ここには大きな看板と地図があり、この陣屋の中心地であったことがわかります。タイムスリップして江戸時代の陣屋を覗き見したい気分になります。
大きな石碑が立っていました。大正11年に建てられた石碑のようです。
来た道を戻って階段を降り進んでいきます。それっぽい雰囲気の道ですね。更に奥に行くと武家屋敷跡、長屋跡などがありました。ここで寝泊まりしていたんでしょうか。江戸時代の人は何を食べていたのでしょう。椎谷の海から捕れる豊富な海産物でしょうか?冷蔵庫が無い時代なので、海の幸は貴重でしょう。
藩邸跡の周りを一周すると裏門跡に出ます。ここから椎谷の街並みを一望できます。ここは小高い丘の上なんですね。お城や陣屋はやはり高い所に作るというものだったのでしょう。お侍さん、当時の庶民もここから同じように海を眺めていたんでしょうね。「今日の夕陽は綺麗じゃの~」とか言いながら。
裏門跡側から降りると、椎谷の馬市の説明もありました。読むと凄い規模の馬市がここで行われていたんですね~。すごい!
地域には身近にあって意外と行かない場所ってありますよね。いつも素通りしていましたが、車を止めて足を運んでみると色々な発見があります。今回も歴史と触れ合える素晴らしい発見がありました。
椎谷陣屋跡、お天気のいい日には椎谷海浜公園の駐車場に車を止めて、ほんのちょっと歩けば見れます。機会があれば訪れてみてください。
柏崎の知らないこと、まだまだいっぱいです。
コメントを残す